教室の音  MOKOMO 作  page 1/1





中学生になっても居残りとは…。なにやってんだか。おれは。

追試の問題用紙と睨み合う。集中するほど同じ量だけじとっと汗ばんでくる。夏休み目前というだけのことはある。

教壇で作業をする先生の指先から、丸付けの単調なテンポの効果音が聞こえる。

しゃっ、しゃっ、しゃっ、しゅっ。しゃっ、しゃっ、ぺら 。しゃっ、しゅっ、しゃっ、しゃっ。しゃっ、しゅっ、ぺら 。しゃっ、しゃっ

「あ!    」旋律が途切れた。

この時、先生は驚くとこんな顔になるんだー。と小さな発見をした。

「ん? ………どうしたの?先生」集中が途切れた。いやそんな物初めからない。

「   ………あぁあ〜〜〜。赤ペン切れちゃったーーー。」

先生は困ったなあ〜といった表情のまま、持ち上げたペン先を見つめている。

「ん〜   ………じゃ、先生、職員室に戻ってるから、おき君は、問題ぜーんぶ終わったら、来てねー。」

「あ、あれ?先生、行っちゃうの?」

「だってー。赤ペン切らしちゃったし…。」

先生は今の今まで、これでどこでも切り抜けてきたのだろうかと思わせる特有の自然な笑顔をしていた。

「…   、へぃへーーーい」仕方ないさ。かわいすぎるとしか言いようがない。口が間抜けにあいてしまったのもきっとそのせいだろう。

暑いから廊下との窓もさることながら出入りの引き戸は開けっ放し。先生は床の歪の音だけを残して行ってしまった。

「って、おいおい。」教室に独りぼっちになった。ぽつーん。

今日の授業は午前中で終わって、追試ない組はさっさと部活に行ったり帰っていた。ある組は全部で5人いたんだけど、その内の3人はソッコーで問題終わらしていた。

残ったのはおれともう一人。

そのもう一人は先生がさっきの、職員室に戻るときに一緒についていった。

しーんと静寂に包まれた教室。クリーム色のカーテンがたなびく窓から外では、野球部やらサッカー部やらテニス部とかがざわざわ。

ざわざわは教室の壁を反響しておれの鼓膜を細かく揺るわす。

ざわざわ、ざわざわ。

そのざわざわの中から、だんだんと蝉の音だけが大きくなっていく。

あぁ。あちー。


― 数分か数時間後 ―


「終わった!」

いや、この場合、空欄を埋めた。のほうが正しい。

「あー。おき君やっときたーーー。」

「これで、どうでしょうか」

「ん  …ちょっとまってて。」

さっきと同じ単調な音が始まった。

しゃっ、しゅっ、しゃっ、しゅっ。しゃっ、しゃっ、ぺら 。しゃっ、しゅっ、しゃっ、しゃっ。ぺら ………



「今回のおき君すごいよー。合格点超えた!」


先生はデスクからおれに向きなおすとさっきの笑顔をした。解答用紙をおれに渡すとささやかに音のでない拍手をした。

「いやいや、まだまだですよ」おれは予想外の展開に驚いた。そして、考えた。

合格点を超えると笑顔+拍手。では、満点は?

どうなるのか興味が沸いてきた。


「でも間違えたところは後でちゃんと確認しといてね。あと、わからないところは…」

「先生に聞けばいいんだろっ。わかってるって!」

「ちゃんとわかってるじゃない。    …じゃあ、今日のところはこれでお〜しまい〜♪」

「ありがとうございましたっ!」

失礼しました〜。がらがら。ことん。


先生っていい人だな〜とつくづく思う。


昇降口から外へ出ると人影があった。さっきのもう一人の居残りである。

「お!  おきじゃん。  てかおせー」朝礼台に座っていた。

「うるせーよ。おまえも最後まで残ってたじゃんか」

「おきほどでもないけどね。ビリ前だったし」

「ビリ前もビリもかわんねーよ。帰るぞ!」

「え、まだ昼の3時だぜ? もう帰んのか? おきが? めずらしー。帰ってなにやんだよ ギャルゲーか?エロビか?」

「ごちゃごちゃうるせー。   勉強だよ。」

「え、お、おい。今 勉強 って言った?」

「ああ。言ったぜ?それがどうした。」

「うは!まじかよ。あのおきが?勉強をする?  たーはっは!」

「じゃあなー。」

「ちょ、ちょっとまって、まてってー」




おわり










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