なないろのなつ  山燕 作 MOKOMO 案  page 2/2




ベンチに座ろうとしたその時、ベンチに座るという必ず来るであろう確かな感触は俺の脳裏にインプットされていて、それ故に座る直前に俺の体から一気に力が抜けた。それ自体は問題ない。しかし俺の体には確かに来る感触はなく、ただ空を切ってそのままその場に尻餅をついてしまった。俺の体は視覚的にならベンチの座る板にズッポリとはまっている感じだ。俺は尻の痛みよりも、ただ驚いて宙を見るだけであった。そこに“在る”ものが“無い”というのは此れほどにも人を惑わすものなのか・・・!?
やっぱ、これは夢じゃない・・・現実!?
「はー、ゴメン、ごめん、でも・・・くっくっ・・リュージおかしすぎ!」
・・・笑いすぎだっつの!
この時になってようやく尻がジンジンと痛み出してきた。暫くして俺の痛みが引き始めたとほぼ同時に座敷童の笑いも収まってきた。大きく深呼吸を一つついて座敷童はその“真面目な話”とやらを始めた。真面目と言っときながら座敷童にはまったく真剣みがなく、軽い口調だ。

どこからって言われても、俺もどこから訊けばいいのやら・・・まったくわからん。
「取り敢えず俺はこれから化け物に襲われるのか?」
「ん〜。向こうが私達の動きに気付けばね。」
「む、向こうって何さ?」
「私達に敵対する奴ら。リュージ達から見れば完璧に敵ね。」
「・・・いや、そういうことじゃなくてだな。」
駄目だ・・・らちが明かん。
「もういい!質問を変える、おまえは、いや、おまえと影童はなんなんだ!?あっ!それにおまえ、本屋の前でも“天童”とかも言ってたな!?」
俺の予想が正しければ 〜童 という輩が後何人かはいそうだ・・・。
そんな俺の嫌な予感は見事に的中する。
「7人よ。」
な、7人だとぉ!?そんなにいるのか?で、そいつらはみんなおまえの仲間みたいなもんなのか?
「まぁ、立場上そうね・・・。でも、全員とは会ったことはないわ。」
「何で?」
「あーっ!!もう!リュージ!なんであんたはそんな馬鹿な質問しかできないのよ!」
なっ!?
「もう!私が一から説明するから!耳の穴かっぽじって聞きなさい!!」
最初からそうしろって・・・・というか“かっぽじって”なんて下品な・・・。
「何よ?」
「いや、何でも。」
座敷童は静かに話始めた。
「いい?リュージ、私はさっき “世界は人という観念が作り上げている”と言ったわよね?」
「あ、あぁ言った。なんとなくしかわからなかったけどな・・・。」
「あれ、正確に言うと少し違うの・・・。」
「え?」
「あの考え方はあくまで“人間本位”つまり人がいないと成り立たない考え方。世界が出来たと同時に人という存在はなかった。人が出来たことによってこの世界は観念の力・・・つまり人の“思いの力”を得て爆発的に増えた・・・。ここまでわかる?」
「う!?うん、なんとなく・・・えぇっとつまり何だ、人がいなかったら世界は増えなかったってことか?」
「そう。つまりもともと世界は一つだったのよ。」
「へぇ〜。」
と言われてもまったく実感はわかない・・・。漫画かアニメの話をしてるぐらいにしか感じられない。
「・・・リュージ、あんたここまで聞いて何も感じないの?」
「へ?どうゆうこと?」
「あーっ!もう!本当っ信じられない!いい?人が出来る前は世界は一つだった、つまり人が出来る前から世界は存在していた、つまり?」
「つまり・・・・ん?ソレっってジュ亜紀とかそーゆーやつか?」
「それも人間が研究して作り上げた歴史に過ぎない。恐竜がいたっていう事実すら“人間本位”に作られた歴史。私が言っていることを理解するには“人”という枠組みに囚われていちゃ駄目。」
「んなこと言っても・・・。」
そう言う俺に座敷童はあからさまに しょうがないなぁ〜 って顔をして・・・。
「いい?世界は一つだった・・・。それはその絶対世界・・・あっこれは私たちが最初に出来た世界をこう言ってるの。」
「絶対世界・・・。つまり世界のオリジナルってことか?」
「・・・お、おりじぃ・・・なる?」
「いや、何でもない。続けてくれ。」
こいつに外来語は使えない・・・。
「・・・じゃあ、続けるわよ?」
「その絶対世界を創った創造主がいるの・・・。リュージ達からの観念で言えば・・・そう、“神様”ね。」
「か、神様だぁ!?」
「そ。で、私達はあなたたちのその“神様”っていう観念にあわせて“絶対神”と呼称しているわ。」
「絶対神は世界を創り、その変貌を見てきた。彼が手を加えたのは最初の絶対世界を創った時だけ・・・。あとはただ世界を見続けてきた。天地の変動、生命の誕生、魂の出現、そして人という存在が生まれ、そこに宿った命と魂は彼の創った世界に多大なる影響を及ぼした・・・。世界が分裂を始めたのよ。それは絶対神にとって良きことだったのか、悪きことだったのかは分からない・・・。だけど彼はこの時も何もしなかった。もしかしたら彼にとって人なんてモノは取るにも足らない存在なのかもしれないわね・・・。」
「ここで一つの疑問が出来るの。それは絶対世界の存在・・・。」
「無数に分裂、増殖してしまったこの世界に絶対世界は存在するのか?多くの世界の中のひとつになってしまったのか?それとも、絶対世界がばらばらに砕けるようにして多くの世界が出来たのか?」
「まぁそんなことはある一つの世界に生きるリュージ達にはどうでもいい事。だけどソレを是非とはしない存在も世界には在るの・・・。」
ここまで座敷童が一気に話した内容を俺は半分も理解できただろうか?しかし、最後に言った言葉だけはなんとなく分かった。
「そ、それが俺達にとっての“敵”ってやつか・・・?」
「そう。アイツ等は自分たちのことを“撰神集”なんて言っているわ。思い上がりもいいとこね。」
「せ、撰神・・・?そ、そいつらは何で今の世界を良しとしてないんだ?」
「アイツらの狙いは只一つ・・・。この世界を絶対世界に戻すこと。つまり、絶対神が創った最初の世界に戻すこと・・・。それをアイツらは“浄化”と言っているわ。絶対神が創った、純粋で一点の穢れも無い世界・・・。それこそが自分たちの生きるべき世界、何故なら我々は神に選ばれし者だから・・・。コレがアイツらの考えてること。」
「は、はぁ・・・。」
「リュージ・・・あんた本っっ当っっ!抜けてるわね!つまり撰神たちの言っていることは、リュージたち人間世界を消すって事よ!?」
「へ?あっ!そ、そうか・・・。」
本来ならばこれは俺にとって、とてつもなくヤバイことなんだろうが・・・。
「実際幾つかの世界は既にアイツらの言う“浄化”はされてしまっている・・・。」
「でも、んな事俺に話してどーするんだい?」
「リュージ!あなたの世界だって危ないのよ!?」
確かにこの話が事実ならそうかもしれない・・・。俺だって南姫や一条、それに家族のいるあの世界を壊されたくはないとは思う・・・。ないとは思うが、今一実感がわかねぇ。毎日変わらぬ日々を送る俺の日常がある日突然なくなるなんて想像もつかない・・・。今こうして座敷童に変な事に巻き込まされてはいるが、俺のこれからの日常が変わるとまで思ってもいない・・・。
座敷童の話に呆気を取られるてる俺を無視して、座敷童は話を続ける。もうかなり事務的な感じだ。先程影童に言われたのもあるのだろう。
「光在る所に影在るように、撰神集に対抗する存在・・・リュージ達“人”に近く、共鳴出来る存在も在る。リュージ達からしたら味方になるのね。」
「へぇ!そんな有難い存在が在るのか?」
「えぇ。」
と、ここで座敷童は えへんっ と胸を張り・・・。
「其れが私たち“司者”よ!」
「っぷ!」
「私たちは撰神集と永きに渉って戦ってきた・・・。人の世界を守る為に・・・って、リュージ!あんた、ちゃんと聞いてるの!?」
「あぁ、悪りぃ、悪りぃ、聞いてる、聞いてますって。っくく・・・。」
なんか笑えて来た・・・。戦うって、コイツが!?とてもじゃないが誰かと戦えるようには見えない。体は小さいし打撃格闘技には向いてない・・・。ならば柔術か?合気か?そんなものやっている身のこなしではない、なら剣術・・・いや、女だから薙刀か!?しかし薙刀なんて持ってないし、あったとしてもそんな物ブンブン振り回せそうな腕でもなし。あっ!あの蓑の下に実は拳銃を隠し持ってるとか!?・・・・さっきの香水瓶より似合わなさすぎ・・・!
等久・・・考えていたら笑えてきてしまったのだ。
「ちょっ!リュージ!!真面目に聞きなさーい!!」
だ、だってよ、戦うって言ったってお前、どう戦うんだよ?
「オン」
笑いから来た涙越しにぼやける座敷童がその右手を自分の顔の前に持っていき、眼を閉じ何かを拝んでいるような格好を取ったのを確認した瞬間・・・。
「!?」
俺の視界から座敷童は消え、真っ白になったと同時に目の中に何か異物が入ったのを感じた。
石!?砂利!?
『コレは煙!?』
何故!?
『土煙!』
視界を遮ったのは・・・!
何故土煙が?
『爆発!?』
下!?地面が!?
『座敷童がやった!?』

「げほ!がは!」
「どう?分かった?私はこういう力があるの。」
な、何だ!?
煙がおさまり、視界が先程の風景を映し出す。俺の足元には直径30センチ程の穴が開いていた。さっきまではこんなんなかったぞ!?やっぱりこいつが・・・!?
目に入った砂利を落とす俺を横目に座敷童は
「私だって自分の身を守るぐらいの術は使えるわ!」
と、自信ありげに言っている。
「ど、どーゆートリックだ!?」
「とりく?」
「いや、何でもない。」
トリックを仕掛ける余裕なんてなかったし、マジックとも思えない。ならばコレはマジで座敷童のいう“術”なのか!?そんなもんまで信じろっていうのかよ!?

で、だ。それが俺に何の関係があるっていうんだ?百歩、いや千歩譲っておまえの言うことを信じるよ。ならば、俺らの世界が危ないってのは分かる。そのことは俺にも関係する・・・(と思う)
だが、そのことを何故俺に話す?俺にこの事実を伝えたところでどうなる?
「私がここに来る前にリュージに言ったこと覚えてる?」
覚えてないね。
「リュージは選ばれた者だって・・・。」
そー言えば確かにそんなことを・・・そーゆー星の元になんたらって・・・。
「そう。」
「それが何か関係あるのかよ・・・?」
何となく、何となくだが予想はついていた・・・。ソレは限りなく嫌な予想だがな・・・。別に自惚れではないが、“選ばれし者”なんていう言葉で真っ先に思いついたものが、RPGではかなりの高確率で主人公になり悪の魔王と戦う勇者だった。そーゆー風になりたいと世の男子諸君は一度は思ったことがあるだろう・・・。ゲームの中の勇者以外にも、漫画の主人公や、特撮のヒーローに憧れる時期が多かれ少なかれあるはずだ。
だが、そんな物は存在しないフィクションだってことは分かっている。分かっているからこそ憧れるのかもしれない。道歩いてそこら中に勇者やヒーローがいたら有難みも減るってもんだ。まっ、それ以前にそんな世界在り得ないがな・・・。
しかし、今ここに在り得ようとしている・・・。座敷童の言葉をそのまま素直に受け止めれば・・・いや、前述したが決して自惚れではなくだ・・・。

「リュージ私と一緒に戦って!」
そう言って座敷童は俺に手を差し伸べた。

この時俺は座敷童の話した謎の宗教団体の勧誘文句ちっくなヤツの世界観と、選ばれしものがなんたらっていう話で頭が一杯だった・・・。最も重要なことを忘れていた。何故だろう?人間っていう生き物は嫌なことを直ぐ忘れちまうように出来てるらしい・・・。
そう、俺にとって今すぐ確認しなければいけない事態・・・。

俺がこの後化け物に襲われるかもってことだ・・・。

            ※

既に太陽は地平線スレスレのところであろう夕暮れ。夏の夜の虫たちが鳴き始め、公園は妙な神聖さを漂わせる・・・。公園の街頭に光が灯る・・・。
今気がついたのだが公園には俺と座敷童しかいない・・・。あぁ、いても俺たちの姿は見えないんだっけ・・・。俺と座敷童の姿は茜色の光に照らされ静かな公園にぼんやり映し出される。
いい風が吹いた。夏の嫌な暑さを和らげてくれる一陣の風・・・。

それが合図だった・・・。

座敷童が風に靡く髪を抑えたその顔に影が落ちた。いや、俺の体にも、俺たちの周りに巨大な影が落ちてきた。
「何だ?」
なにか巨大な物体が俺と座敷童の上空を通り過ぎた。凄い勢いだ。

ドン!

ただそれだけの擬音語で表せるが、その音は空気を振動させ、俺の立っている地面を揺るがした。俺は全身で感じ取っていた・・・。何か異様なものがそこに来たのだと。質量がでかいというだけではなく、感じたことのない重圧、それが“在る”というだけで吐き気がしそうな・・・。

『飛行機が落ちたのか!?』
いや、違う!
『飛行機が落ちたにしては衝撃が少なすぎる。破片とかも飛んできてないし・・・。』
そういうことじゃない!!
『それに飛行機にしては小さすぎるだろ?あぁ、そっかヘリか・・・。』
違う・・・。
『何やってんだか・・・操縦ミスか!?危ねーな』
違う違う・・・。
『つーか、中の人もしかして死んじゃったか!?』
違う違う違う・・・・!
そーじゃねーだろ!!コレは明らかにこの世のものじゃねーだろうが!!

反射的に、いやその重圧に耐えかねて俺は後ろを振り返っていた。俺は俺の背後にあるモノから来るある一種のプレッシャーに恐怖していた。ソレを確認すれば多少その恐怖も和らぐと思った・・・。しかしそこにいたソレは俺を更なる恐怖に叩き込んだ・・・。

在り得ないモノがそこにいた。俺の脳細胞が全否定している。目の前の存在を・・・。しかし体は感じ取ってしまっている。そのモノが確かにそこに在るということを・・・。
頭が真っ白になり、全ての思考が止まった・・・。

「リュージ!避けて!」

避ける!?
死!!
俺は無意識のうちに後ろに飛んでいた。
何で?何を避けたんだ!?
と、俺の目の前に何かが突き刺さった。とても太く先の方に行くにつれだんだん細くなっていて鋭くなっている物体・・・。
それが俺がさっきまで立っていた位置に突き刺さった。
な!?
全ての思考が再起動する・・・。
俺の目の前に突き刺さったのはあれの足。何本もあるうちの一番前の足。この形は・・・蜘蛛か!?しかし巨大すぎる・・・。それに何だあれは!?牛の頭がついてやがる。いや、確かに牛ではあるがどこか牛ではない・・・。そうまるで昔の絵巻物に載っているようなおどろおどろしい牛の頭。どことなく人間のようにも見えてしまう。
作り物!?にしてはリアル過ぎる・・・。
あれがリアルなんじゃない・・・。俺の感じた「死」がだ・・・。
さっきあれの振り下ろされた足を避けられたのは思考を捨てられた俺の生存本能以外の何者でもないだろう・・・。
牛の顔についた不気味な黄色い眼球が俺を見る・・・。

怖えぇぇぇ!何だよコイツ!?ヤバイ!殺される!何だかわかんねえがヤベェ・・・ヤベエよ!
死ぬ!?
膝に力が入ってない・・・。マジで膝にくるんだ・・・。怖えぇ・・・震えてんじゃん!俺・・・。

俺の目の前に突き刺さっていたヤツの足が動き出す。再び振り上げ俺めがけて鋭い切っ先を振り下ろしてきた!

動けねえ!
死・・・・

「のぅまく さんまんだ ばざらだんかん!!」

ヤツの体が大きく傾いた。胴体の辺りでなにかが爆発したようだ。
「!?」
「何やってんの!?死にたいの!?」
今のは座敷童がやったのか?
「ちょっと!リュージ聞こえてる!?しっかりしなさい!!」
聞こえてるが声が出ねぇんだよ!
「ねぇ!ちょっと!!」
座敷童が俺の目の前に来て両肩をつかみ俺の体を揺さぶる。
「しっかりしなさい!!意識ある!?」
あるよ、ちゃんと!ただ声が出ねぇんだよ!あまりの恐怖で・・・!
しかし出ないと思っていた声は意外とあっさり出た。
「アッ!?」
「!?」
俺が急に出したでかい声に座敷童は驚き後ろを振り返る。
あの化け物が体制を戻して俺と座敷童めがけ、またその巨大で鋭い足を振り下ろしてきた!
「くっ!」
座敷童は俺の両肩をつかんだままジャンプしてその攻撃を避けた。
ジャンプって、おいおいこれは飛びすぎだろ!?俺の体は優に2、3メートル程の高さまで飛んでいた。そして化け物との間に十分な間合いをとったところに着地した。着地する時に座敷童は俺の足への負担を考えてくれたのだろうか?俺の体を自分が着地した後、1クッション置いて地面につかせてくれた。あの高さから着地すれば並みの人間なら骨折もんだろうからな・・・。
「リュージ、大丈夫?」
「あ、あぁ。」
本当のことを言うと大丈夫じゃなかった・・・。膝はガクガク震え、立っているのがやっとだ・・・。心臓の音も妙に頭に響くし、変な汗もかいている・・・。
「どうやらアイツを倒さないと帰れなさそうね・・・。」
アイツとは勿論目の前にいる蜘蛛の化け物のことだ。俺たち目掛けて振り下ろした足を突き刺さった地面から抜いて、こちらを見据えて頭を低く、腹の部分を高く上げ何か意味不明なことを声帯から発している・・・。
座敷童はヤツの方を向き、俺にこう言った・・・。
「アイツは私が倒す。だけど恐らく私はアイツを倒すことで精一杯。」
それから俺のほうに振り返り。
「だから自分の身は自分で守って。」
そう言うと座敷童は俺の手を開かせ、そこに自分の手のひらを重ね静かに眼を閉じた・・・。俺と座敷童の重ねた手の中に小さい光が集まっていく・・・。手のひらの上がほんのり暖かい、座敷童の体温とは別の暖かさを感じる・・・。座敷童が目を開いたと同時に俺の手のひらにあった暖かさは嘘のように消え、代わりに何か重く冷たいものがあった・・・。
「これは・・・!?」
刀だった。
「帯(は)かせる十握剣(とつかのつるぎ)を抜きて、寸(ずたずた)に其の蛇(をろち)を斬る。」
「は!?」
座敷童が急に意味不明なことを言った。いや、意味不明なのは最初からだが・・・。
「これで抜刀できるから。」
「おい!ちょっと俺に何しろって言うんだ!?」
「リュージはそこら辺に隠れていて!丸腰よりはマシでしょ?」
そう言って座敷童は再び化け物の方へ向き直る。
「リュージにやってもらうことは、“死なない”ってことよ!」
そう言ったかと思うと、座敷童は着ていた蓑を脱ぎ捨てた。中からは真っ白な着物が出てきた。着物といっても足の丈は従来のものより短く動きやすそうだ。その白地の上に淡い色で花の模様が綺麗に施されている。そして座敷童は先ほどの超脚力で化け物の方へ向かって斜めに飛んだ。袖の辺りから何かお札のようなもの三枚取り出し。
「おん べい しらまんだや そわか!」
お札を化け物目掛けて投げた。お札は紙とは思えない勢いで化け物に衝突し、弾けた。化け物は大きくバランスを崩し倒れそうになるが、何せ足が6本もあるのだ。片方の3本の足で踏みとどまり、もう片方の2本でバランスをとり、残った1本は座敷童目掛け横薙ぎに振り下ろす。それを座敷童は空中にも関わらず体を上に回す形で避けた。
どうやら座敷童は脚力があるのではなく、飛んでいるのだ・・・空を。
「そう!こっちこっち!アンタの相手は私よ!」
そう叫んで座敷童はまた袖からお札を取り出し。
「のぅまく さんまんだ ばざらだんかん!」
と、また化け物にお札を炸裂させた。化け物は負けじと今度は全部の足を使い踏ん張り、頭を少し後ろに下げたかと思うと勢いよく前に突き出した。と同時に口から針のようなものを何発か吐き出した。その針は物凄い勢いで座敷童に迫るが、座敷童はそれを事も無げに空中でヒラリと避けた。そこに化け物の前足がまたも横薙ぎに襲い掛かるが、それも座敷童は軽く避け、避けざまに数発お札攻撃を喰らわせている。
勝てるンじゃねぇか!?
俺はさっきの場所から一歩も動かずにただ立って見ているだけだった。どこかに隠れろと言われたが、隠れられそうな場所などなかった。それに今見ている限りだと空中にいられる座敷童の方が有利に戦いを展開している。
何だ全然心配することねーじゃねぇか・・・。“自分の身は自分で守れ”なんて言ってこんな刀渡すからビビってたじゃねーかよ!それに俺なんかがいなくたってちゃんと戦えてるじゃないか・・・。
妙な安心感からか、またも俺の頭に疑念が走った。

何かおかしい・・・。
やっぱおかしいって・・・絶対何か裏がある・・・!こんなの現実で在り得んのか!?大体さっきからこんなに大きな音出してんのに何で近所の人間は出て来ないんだ!?ん?見えてないんだっけ?そのことだっておかしいだろ!?見えないフリしてるんじゃ・・・?何の為に?俺を騙す為!?だっていや、でも確かに俺はさっきあの化け物を感じた・・・。でもあれが作り物だったら!?俺の感じた「死」もただリアルすぎる体験からきたもんじゃねーのか?アレ?それって演出?ってことはコレは・・・!?

そんなことを考えている俺の前では座敷童と化け物の一騎打ちは続いている。が、座敷童が戦いに終止符を打った。

「これは超特大!喰らいなさいッッ!!」
化け物の頭部目掛けて
「のぅまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん !!」
今までにない爆発が起こり、化け物の体は大きくグラつくと、今度は踏ん張りきれずそのまま地にうつ伏す形で倒れた。その衝撃で地面は揺れ、公園の土から砂埃が舞い起こり、俺の視界は遮られた。砂埃の先に座敷童の影が見える。砂埃がおさまって俺たちは顔を見合わせた。座敷童は
「一丁上がり!」
なんて言ってピースサインをこちらにしている。その横には倒れた化け物の顔が。しかしその眼球からは光が消え、白目をむいている。
美少女と化け物の死骸・・・何だ?この組み合わせは・・・。
俺の脳はこの時既に非常にクールになっていて、こんなことを考えるぐらいに余裕を持てていた。安堵感に包まれ、座敷童が俺を見て微笑むので笑い返してやった。もう膝の震えも、いやにでかかった鼓動も、変な汗も出ていない。何故こんなにも余裕を取り戻せたかというと・・・。俺なりにこの一連の出来事にある結論を見出していたからだ。
「おい、座敷・・・」
そのことを座敷童に問い詰める為に俺は座敷童の方へと歩み寄ろうと一歩踏み出したその時だった・・・!

隣で倒れていた化け物の眼球に再び鈍い光が灯った。
「!?」
「なっ!?」
俺と座敷童二人が虚を突かれた。
『生きていた・・・!?』
化け物は力なく垂れていた前足を素早く振る。
『攻撃だ!!』
座敷童は咄嗟に防御体制に入るが間に合うのか!?
「座敷童!!」
俺は座敷童の身を案じて叫んでいたが・・・。
「え!?」
座敷童は攻撃を喰らう覚悟をしていたがそれは来なかった・・・。その太く、人間一人ぐらいは優にあろう巨大な化け物の足は猛スピードで俺の体を捕らえていた。
「が!?」
俺の体前面全体に電気が流れたようだ。中の臓器が全部揺れ、足は地面を離れ俺の体は空を切って吹っ飛んだ。

『俺かよ!?』
痛てぇ・・・
『一瞬息止まったし。』
マジで吹っ飛んでる。
『吐きそう。』
コレはやりすぎだろう・・・だってコレTVかなんかだろ!?
『マジで!?』
よくある安っぽい殺人ゲーム?ドッキリ?
『痛てぇ・・・』
これは慰謝料請求できるな・・・。
『内出血!?』
マジでそうなのか!?

「リュージッッ!!」
「がはっっ!!」
俺の体は低空を吹っ飛びその勢いのまま地面に激突し数メートル地面を転がった。もの凄い勢いで何回転々したのかわからない。全身を擦り剥いたのが直ぐに分かった。
痛てぇ・・・。体中が・・・。
擦り剥けた部分から血と体液が滲み出る・・・。
全身打撲ってこんな感じなのかなぁ・・・体のあっちこっちで内出血しているのが分かる。ドクドク血が流れているのが・・・。体中が熱くてたまらない。
「リュージッ!」
座敷童が俺を呼ぶ声が聞こえた。俺はボーッとする頭で声の方を見る。さっきまで倒れていた化け物が立っていて、頭を少し後ろに下げて・・・ってこれはさっき針を口から吐き出した構え!俺に止めを刺す気か!?
「ハッ!」
座敷童もそのことに気付き、慌てて札を袖から取り出し投げつけるが、僅かに遅かった・・・。
座敷童の放った札が化け物に炸裂したと同時に化け物の口からは鋭利な針が俺目掛け射出されていた。
だが座敷童の放った攻撃の反動により針の起動は僅かにずれた。
化け物の口の辺りで何かが光った・・。と思った瞬間俺は左の脇腹辺りに偉い激痛を感じた。
「っっう!げはっっ!」
何か熱いものが食道を通り逆流してくる。堪らず口から吐き出したその液体は鮮血だった。
「ゴフッ!」
化け物の吐き出した針は起動を逸れたとはいえ俺の肉体の一部を削ぎとっていった・・・。服を裂き、肉は飛び散り、切れた血管からは血が止めど無く流れ出る。汗腺は全て開き汗がドッと出る、むき出しになった神経は俺の脳に激痛を走らせ、命の危機を教える・・・。白いワイシャツは見る見る血で染まっていく・・・。
「リュージッッ!!」
座敷童が叫ぶ。その隙を突いて化け物はその巨大な足で横薙ぎに座敷童の小さな体を打ち付ける。
「きゃぁっ!」
座敷童は地面に叩き付けられた。覚束ない手足で何とか立ち上がり、それでも俺の身を案じて名前を呼んでくれる。そこにすかさず化け物の二発目が繰り出され、座敷童は吹っ飛ばされ、さっきの俺と同じように地面を転がった。

声がでねぇ・・・。
「はぁ、はぁ」
痛い・・・。
「はぁ、はぁ」
血が止まらない・・・
「ハッ、ハッ」
死ぬ?まさか!?
「ハッ、ハッ」
息すんのつらい・・・これは何?TV?夢?それとも現実?
「ハッ、はあぁ」
ヤッベ、意識が・・・・・。

俺は何気なく削がれた脇腹に手を添えてみた・・・。

「ッ!いってぇえぇぇええぇっっっ!!夢なんかじゃねぇっ!!これは現実だっっ!!」

痛みにより俺は目が覚めた。なんとか立ち上がることは出来た。傷はよく見ると致命傷ではなかったが酷いもんだ。今にも貧血で倒れそうだ。それにほっとけば後数分で死ぬのは確実だ。

どーする!?このままじゃ死ぬ!!確実に死ぬ!!
『座敷童は!?』
ドースル!?
『アイツふっ飛ばされて・・・』
化け物がこっち見た!!ヤバイ!
『死!?』
逃げる!
『病院いかないと俺死ぬ・・。』
どこへ!?
『どこに病院あんだ?』
どこでもいいだろ!
『救急車!』
まずい
『あの体制は!』

『飛んでくる!』
早い!
『避けられるか!?』
動けるのか!?怪我してるのに?
『当たったら死』
まずい、
『死』
ヤバイ
『死』
今度こそ・・・・・!

化け物の背中で爆発が起きた。満身創痍の座敷童がヨロヨロと立ち上がりやっとのことでという感じに叫んだ。
「ッッ!リュージ逃げて!きゃあ!?」
「!ッ」
そう叫んだ座敷童に化け物は足を横に薙ぎ、座敷童を地面に叩きつける。最早座敷童には立ち上がる力も残ってなかった。意識も朦朧としているようだ。

『座敷童っ・・・!』
殺される!
『ヤバイ!』
座敷童が死ぬ!
『俺も死ぬ・・・』
助ける!?
『無理』
助けなきゃ
『俺が死ぬ』
無理
『早く病院行かないとマジ死ぬ』
ほっとく!?
『赤の他人』
見捨てる!?
『今日会ったばっかり』
逃げる
『化け物は座敷童に集中してる』
今がチャンス?
『逃げたほうが得』
今しかない・・・。

息が異様に荒くなる。
「ハァ!ハァ!」
心臓の音が頭に響く。
「ハァ!ハァ!」
何故か涙が出てきた。
「ハァ!ハァ!」
死ぬことに?俺じゃなく座敷童が死ぬことに?それとも何も出来ない自分に対する怒り?
「ハァッ!!」

化け物は座敷童のほうへ向き直り、座敷童に止めを刺さんとその鋭い足を振り上げた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!

俺は持っていた刀の柄に手をかけ刀身を抜いていた。刀の鋼が鞘と擦れあい独特の金属音が鳴り響く。

「うおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
おいおい何やってんだよ!?俺!?
『戻れ!』
死ぬぞ!
『どうせなにもできやしない!』
否っ!!
『ほっとけ!』
誰を?
『座敷童を?』
ほっとけるわけねぇだろう!
おおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!」

俺は気がついた時にはもぅ化け物に向かって突進していた。
刀の刀身は光だし、妙に力が入った。異様なフィット感がその刀にあった。
どんどん化け物との距離は近づく。

足!
『ヤツの一番後ろの足!』
やってやる!!
『斬るっ!』
斬るっ!

「斬るっ!うおぉぉぉ!!」
俺は持っていた刀を横一線に化け物の足を斬った。空を切ったような感触しかなかったが、化け物の足は確かに横一線に斬り落とされた。

「パギョォオオオオオッ!!」
化け物は悲鳴にも似た奇声を上げた。
そのけたたましい声に座敷童は意識を取り戻す。
「うぉおお!」
俺はそのまま化け物の腹の下を通り、反対側の足目掛けて刀を振るう。
「ちくしょうっ!」
3本あるうちの真ん中の足を斬り落とす。
「座敷童っ!しっかりしろっ!!」
「・・・・リュージ・・・・?」
「ギョェエエエッッ!!」
「こんの・・・っ」
また化け物の腹の下を通り反対側の座敷童目掛けて振り下ろそうとしていた足に向かってジャンプする。
「クソ化けモンがぁっ!!」
空中でその足を袈裟懸けに斬る。
俺が座敷童の前に着地し残心をしたと同時に、3本もの足をなくした化け物は地上に轟音をたてて倒れた。俺はボロボロなった座敷童を抱え間合いを取るために後ろにジャンプした。が、俺は先ほど座童に抱えられてジャンプしたときの倍は飛んでいた。
「うぉおおお!?」
何で俺こんなに高く飛んでいるの!?
こんな高さ!足折れるんじゃ!?
しかし思った以上に俺の足には衝撃が無く、普通に着地できた。
どーなってんだ!?
さっきの刀捌きといい、今の跳躍といい、傷の痛みもなくなってはないがさっきよりは和らいでる・・・俺の体はどうなってんだ!?
その時俺の右手には刀身から光を放っている日本刀が握られていることに気付いた。
こいつのせいか・・・!?
「リュージ、前!」
化け物が残った3本の足を地面に突きたて、最後の力を振り絞りその巨体を跳ね上げさせた。最早あの足では前後左右に動けない化け物は空中に自分の身を置いた。
その巨体が小さく見えるほどの上空まで跳ね上がった化け物は、空から俺たちに向けて針を射出してきた。
「離れろ!座敷童!」
俺は咄嗟に座敷童の体を突き飛ばした。
見える!
針は5本!
内2本は威嚇!外れる!
残り三本は・・・
左!
「せっ!」
右!
「はっ!」
真ん中!
「とりゃぁ!」
気合とともに俺は3本の針を全て刀で薙ぎ払った。
化け物は落下してきている。
落下中には避けられまい!
今の俺の跳躍力なら・・・!
貫く!
「ふぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」
俺は落下中の化け物目掛けて目一杯の力を足にこめ、地面を蹴り上げた。
化け物はまた何本か針を吐いてきたが、それらを全て薙ぎ払い、刀を真っ直ぐ前に向け貫く構えをとる。刀身の光はさらに増し、刀身だけでなく俺の体も包み込んだ。
化け物との距離が瞬く間に縮まる。
「貫ぬけぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
光の弾丸の様になった俺は化け物の額に突っ込んだ。
一瞬生暖かい嫌な感触はあったが直ぐに化け物の後頭部から俺は突き出てて、俺の視界にはどこまでも広がる広大な空があった。刀から出る光とオレンジと紺色の交じり合ったグラデーションがかった空は物凄く綺麗で、自分が今何をしているのかを忘れさせるほどだった。
・・・綺麗だ・・・。もぅ夜か・・・。

            ※

「グギャァァァァァァァァァアアアアッッ!!」
絶叫上げ、化け物は地面に衝突した。物凄い音と土煙があたり覆おう。
俺もそれに続き着地するが、物凄い音も、土煙もあがらない。自分でも驚くほどに綺麗な着地だった。
「はぁ、はぁ。」
終わった・・・のか?
「リュージ!」
土煙の向こうから座敷童が駆けてきた。手にはさっき俺が抜き捨てた鞘がある。
「おぉ!座敷わ・・・っ!」
いきなり抱きつかれた。
「凄い!凄いよ!リュージ!!」
「あわわ・・!ちょっ座敷童!?」
やっべ、違う意味で鼓動が早くなってるし!
「やっぱりリュージだ!リュージで間違いないよぉ!」
声が震えている・・・。それに座敷童が顔を埋めている胸が温かく湿っている・・・。
コイツ・・・泣いてんのか?
俺は何と言っていいものか分からず、兎に角座敷童を俺の胸から引っぺがした。座敷童の顔は泣き顔でグシャグシャになっていた。
な、泣き顔もなかなか・・・。
俺の中はかなりの達成感で満たされていた。後悔は無かった、コイツを守れたということに幸福を感じていたから・・・。
「リュージ?」
ついつい座敷童の顔を見入ってしまった。慌てて俺は目を逸らす。
「あぁ、そうだ!刀!危ないからな!さっさと収刀しようとと思ってさっ!お前鞘持って来てくれたしなっ!」
なんて苦し紛れの言い訳をした。
「そ、そうね。」
座敷童も泣きじゃくったことが恥ずかしかったのか赤面して慌てて鞘を俺に渡す。
俺は刀を鞘にしまった。そりゃ武士みたいに格好良く収刀したかったが手を切りそうなので普通に入れた。
鯉口のところまで入れ、パチンと音が鳴り刀は完全に鞘に収まった。
瞬間俺の体は錘がのったように重くなり立っていられなくなった。傷は再び痛み出し血も流れる。ガクンっと膝から落ちた俺を座敷童が受け止めてくれた。しかし、座敷童も衰弱しているので支えきれず、その場に座りこんでしまった。俺は座敷童に膝枕してもらう形となった。
なかなかいいものだな、コレは・・・。
などと言ってはいられなかった。痛みが消え始めた。それはいいことでなく俺の体が限界に近いということだ。神経が脳に危機を知らせることが出来なくなるほど疲弊し、俺の体は死を選択しようとしている。
空には満天の星空が・・・。よく晴れていてとても綺麗だ。座敷童が心配そうに俺の顔を覗き込む。何かを言っているがもう俺にはよく聞こえない。
あぁ・・・。俺死ぬのかなぁ・・・今度こそ・・・。
だけどさっき死にそうになったときより気持ちが楽だ・・・。何故だろぅ・・・。
コイツのおかげかなぁ・・・。
あ、あれはさっき貰った瓶・・・。月明かりを反射してスゲー綺麗・・・。
・・・・・もぅ意識が・・・・・。
・・・眠い・・・・・・。

意識の切れる寸前に座敷童の言った言葉だけは聞き取れた。

「お疲れなさい、リュージ。だから今はゆっくりおやすみ・・・。」



「学生さぁ〜ん!起きて、学生さぁ〜ん!」
「!?」
ハッと目を覚ました俺が最初に見たものは中で明かりが煌々と光っているバスとその運転手であろう中年のおっさんだった。
「・・・・?」
「どうするの?最終だけど。乗るの?」
俺は辺りを見渡した。

『座敷童は?』
ここはいつものバス停!?
『いない・・・。』
雨宿り・・。
『夢!?』
バス・・・最終・・・十時ぐらい!?

「お、おい!あんたソレ!!」
バスの運転手が大層驚き俺を指差す。
「え?」
俺は運転手の指差したところを見た。
「!?」
俺のワイシャツは裂け、その周りが真っ赤に染まっている・・・。しかし中に見える皮膚には何の外傷も無かった。
治ってる・・・!?
夢じゃない・・・!
「何ともないじゃないか・・・。なんだぁ〜驚かすなよ。」
運転手は俺の体に何も傷が無いことに気付き安心したようだ。
「で、乗るの?乗らないの?」
「あっいや、いいです乗りません・・・。」
「そうかい。」
運転手はそれだけ言うと、バスに乗り込み走り去っていった。
バスの行った後のバス停には俺一人が取り残されポツンと立っていた。虫の声が聞こえる。辺りはもうすっかり暗くなっていた。
俺はもう一度だけ周りを見渡す・・・。
しかしそこは間違いなく俺のいた七色村だった。いつも南姫と待ち合わせするバス停・・・。そして座敷童と会った・・・・。
俺は自宅への帰り道どーでもいいことを思い出し、ハッとした・・・。
「あっ油絵道具取りに行くの忘れた・・・!」


つづく










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