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なないろのなつ  山燕 作 MOKOMO 案  page 1/2




プロローグ

大空に描かれた七色の光
それは見た人に幸福と希望をもたらしてくれる特別な光
俺はそんな光を放つ一人の少女と出会う、そしてそれは同時にどうやっても抗えない世界の“理”を俺に嫌というほど思い知らせた。
少女は待っていた・・・悠久の時をただひたすらに・・・
そして俺たちは出会う。いや、出会ってしまった。
まるで最初から決まっていたように・・・



今日、この日もいつもと変わらぬ通学路を歩く。家を出てちょっとの所にある古びたバス停。一時間に一本バスが来ればいいほうのこのバス停は俺と南姫の待ち合わせの場所だ。
南姫とはガキの頃からずっと一緒、幼馴染というやつだ。この狭い村には小学校も中学校も一つのみ。勿論高校もだ。だから同い歳の俺と南姫はずっと同じ学校だ。そしてこのバス停もずっと俺たちの待ち合わせの場として何年間も姿を変えていない。
「遅いよ~リュー君!」
厳島隆司という俺の名に因んでリュー君・・・。
「いい加減その“リュー君”っての止めてくんないか?流石にもぅ恥ずかしいぜ・・・。」
「ふふ、ゴメンね。だけどコレばっかりはもう直りません!もう何年この呼びかだと思ってるんですか?」
そう言いながら悪戯ッポイ笑みを浮かべる。南姫は普段はおとなしい女の子だ。肩の少し上でとまっているショートヘアが似合う。地味といえば地味だが、その質素なところに心打たれる野郎も多いようだ。さらに勉強も運動もそつなくこなしてしまう優等生だ。だがその裏では人には決して見せない努力をしている。俺はそんな南姫を知っている。南姫も俺にはそんな人には見せないような一面を見せてくれる。それが俺には嬉しく、ある意味誇りに感じていた。友達以上恋人未満とはよく言ったものだが、俺たちの関係はまさにソレだった。
「リューちゃん!!」
そう言って来たのは、一年前にこっちへ引っ越してきた一条想。俺たちの学校に転入してきてヒョンなことから意気投合し、学校やこの村の案内をしてやるうちに俺と一条の関係は親友クラスまで一気に上がった。ただこいつは俺のことを何故か“ちゃん”付けで呼ぶ・・・。コレも止めて欲しいと言っているのだが、南姫同様まったく直す気はないらしい・・・。本人曰く、
「だって、南姫ちゃんはリューちゃんのこと“リュー君”って呼ぶでしょ?なら僕は“リューちゃん”だよ♪」
全く持って理屈がわからんが、もぅ好きにしろという感じだ。兎に角こいつは人懐こい、何というか・・・そぅ、犬のようなやつなんだ。あぁ、悪い意味ではなく好い意味でな。

 今日もいつもと変わらぬ通学路。季節の移り変わりはあるが基本的には一緒。今は蝉の声の木魂する夏。夏の蒼を越えた黒々とした空の下、俺たちは出来るだけ木陰を歩きながら学校へ向かう。昨日見たテレビの話や、今日の小テストの勉強はしたのか?など他愛の無い話をしながら・・・。俺はこんな世界が好きだったのかも知れない。
「あぁ!もうこんな時間!リュー君と一条君が遅れてくるから!少し走らないと間に合いません!」
「ハハ、そうだね。じゃ、走るついでに教室まで競争しようか?負けた人は今日のお弁当のおかずを勝者に進呈!ね?リューちゃん!」
「いいねぇ!ほんじゃ、いきますか!」
「そんな賭け事私はしません・・・ってあぁ!待ってください~!」
走り出した俺の視界は空へ、雲ひとつ無く、朝の日差しが眩しい夏の空は異様なほどに光輝いて見えた・・・。俺の夏はこの時始まったのかもしれない・・・。








「私の心は、いつも空を飛翔しようと思っていた。しかし今は、私の足は歩くこともできず、たぎたぎしくなってしまった・・・。









第一章

今、俺の目の前では滝と同じような量と音で、暗く沈んだ灰色の空から雨が止めどなく降り続いている。急なこのドシャ降りはこの季節、つまり夏にはよくあることだ。そしてすぐにやむだろう通り雨ということも容易に想像がつく。学校に忘れた油絵道具を取りに行く途中でこんな雨に見舞われるのは不運だったが、不幸中の幸いか、いつも南姫との待ち合わせのバス停の辺りで雨にあったので暫くそこで雨宿りをすることにした。このバス停にはプレハブ作りのボロいちょっとした待合所みたいなものがあり、そこには雨を防ぐ屋根もついていた。周りには人影がなくシンッと静まりかえっている。ただひたすらに雨の音しか聞こえない。雨音に耳を澄ませながら眼を閉じる。心が落ち着き、嫌なことなど全て忘れさせてくれるようだ。
澄んだ空気に美しい自然、ここ七色村はそんな所だ。ビルやコンクリで固められた道路などとは無関係のど田舎だ。ここに生を受けて17年経つが別になんの不満もない。確かに不便といえば不便だがここの空気、川、森はどれも素晴らしく大好きだ。まるで妖精か妖怪さらには神様でもいるのではないかと本気で思ってしまいそうになるぐらいに。いや、実際いると信じている人もいるようだがそれは村の年寄りたちで、何かの伝承がこの村にはあるらしい。俺も子供の時分に聞いた記憶はあるが、内容までは覚えていない。
だいたい今の俺にはそんなファンタジーの世界に入り浸ってはいられない、現実を直視しなければいけない立場にある・・・妖精や妖怪などそんなもんとっくに いや、初めから信じてなどはいなかった。神様ならいて欲しいという“願望”はあるがな・・・。
大学受験。
それが今の俺が見るべき現実。否応なくやってくる人生の分岐点。こんなもので人生を決めちまっていいのかというレベルは乗り越えた。
これがこの日本という国に生まれてしまった宿命だと受け入れた。いや、諦めか?
そんなことを考えている俺はまだ葛藤しているのか?
などと一人悩みこむ俺の思考を止めたものがある。それは遠くからそしてだんだん近づいてくる足音だった。
パシャ パシャ と走ってくる。いきなりの雨で傘を持っていなかったのだろう。俺と同じくこの場所で雨宿りをするつもりか。そいつは俺と同じ屋根の下にはいって一息ついてこう言った。
「まったく!天童のやつは何考えてるのかしら!こんなに一気に降らしちゃって、もっと加減しなさいよ!」
我が耳を疑った。なんと意味のわからないことを言っているのだ?声からして女のようだが・・・この屋根は小さく人間二人がやっとだ、つまり今この女と俺はかなり近い距離にある。独り言にしては声が大きすぎないか?俺はその女を横目でチラッと見た。いや、見るつもりだったが目が釘付けになった・・・
そこに立っていた少女は時代錯誤としか思えない格好をしていた。
おいおい、ここがいくら田舎だからってそれはないだろ・・・。
藁で出来た傘をかぶり、体は蓑で覆い、足には草鞋を履いている。雨を防ぐ格好としては些か いや、かなり古い格好だ・・・よくて明治初期、下手したら江戸時代でも通用するぞ その格好は・・・昔からの風習を重んじているようには見られない、それにさっきの意味不明の発言・・・なんなんだ?この子は コスプレってやつなのか?それとも村の何かの伝承を年寄り連中と同じく猛烈に信じているのか?とにかく、この子は何かおかしい。俺の第六感も早く目を逸らせと言っている!こんな変人にからまれたくはないからな。真っ直ぐ前を見ているその少女は俺がある意味で熱い視線を送っているのに気づいていないようだ。気付かれる前に目を逸らせー!
しかし、僅かに遅かった・・・少女が俺の視線に気付いたのか、いきなりこちらに振り向いた!
目が合ってしまった。
そしてまた俺は少し驚いた。
そこにいたそいつは少女の上に“美”をつけてもおかしくない端整な顔立ちだった。
透き通るような白い肌に、パッチリと見開かれた大きな目。その瞳はどこまでも透明でまるで全てを見透かされているような・・・なにか人間離れしたものを感じる美しさだった・・・
こんな変な格好して、変な独り言言ってるのだからどんなやつかと思ったが、その正体がこんな美少女だったとは・・・って見惚れている場合じゃない!いくら顔がよいからといってもこいつは変人には変わり無い!目が合っちまった!何か、絶対何かからまれる・・・と、とにかく目を逸らさねば!
と慌てて目を逸らす。しかし・・・ううっ、見てる 見られてるよ・・・。
今度は俺がその少女から熱い視線を送られている。目を逸らしたのはいいがどうも落ち着かん!
早く雨止まないかな・・・
あまりにも落ち着かずにもう一度その少女を見てしまった。魔が差したとしか言いようがない・・・ほんの少しチラッと見るつもりだったが、その一瞬を見逃さずに少女は俺と目を合わせたと同時にズイッと顔を近づけてきた。思わず「うわぁ!」と声をあげて後退してしまった。な、なんなんだ!?この女は?いきなり近づきやがって!驚いたじゃねぇか!!

「・・・・あんた、私が見えるの!?」

・・・・え!?今何て言ったんだこの子は? ワタシガミエル? そう俺に問いかけたのか?どういうことだかさっぱりわからん。ここまできたら変とかそういうレベルじゃない気さえしてきた・・・この子は少女の上に“美”をつけたように 変人の上にも“超”という字がつくようだ・・・。こんなヤツと関わったんじゃろくなことにならないだろう。問いかけにはいっさい応答せずに無視だ!そう、俺はおまえの姿なんて見えていない!何もなっかたように前を向きひたすらに雨宿りをしよう!
そして何も見えない風を装い視線を前に戻し、雨宿りを再開した俺を見て少女は更なる奇行に出た。自分が本当に俺に見えてないかを確かめるかの様に俺の周りをぐるぐると回り始めた!なんなんだこの子は!?雨は相変わらずだし・・・雨がやまない限りこの子から開放されないようだ・・・兎に角今は平常心を保って変に関わらないことだ。無視無視。ん?急にその子は俺のまん前に来て足を止め、右手でピースサインのように2本指を立てた。ピースサインと違うのはその手が水平になっていることだ。その手をゆっくりと俺の顔の高さまでもってくる。そう、ちょうど目潰しのような感じだ。ん?目潰し?・・・・・というかまんま目潰しだ!!まさか!?ちょっとまっ・・・・
ビュン!!
「どわぁ!!」
俺は間一髪のところでその目潰しをよけた。しかし寸止めする気かどうだったかはわからんが、当たったら洒落にならんスピードだった・・・日頃剣道で鍛えた反射神経が役に立ったぜっっ!
「・・・なんだぁ、やっぱり見えてんじゃない!」
なぜか満足気にその子は言った。
「あんたなぁ、いきなり初対面のやつに目潰し喰らわせるやつがあるか!非常識なのは格好だけにしろっつの!!」
「だって、見えてないフリなんかしてるアンタが悪いのよ!」
こんなことをされてなぜ俺が悪いといわれなきゃならんのだ!?無視されたのがそんなに気に障ったのか!?
「仕方ないだろ!おまえみたいな・・何て言うんだ?コスプレイヤー?みたいのはこの村にはいないから免疫がないんだよ!だからどういう反応すればいいかわかんなかったんだよ!」
「何のこと?“こすぷれいあ”って何よ?」
「・・・・おまえみたいな格好をしてるヤツのことを世間ではそう言うんだ。」
ただ、こいつの場合かなり特殊な気もするが・・・。
「へぇ~今は雨具のことを“こすぷれいあ”って言うんだぁ!」
「・・・・違う・・・」
「何落ち込んでんの?でも信じらんない!こんなヤツがね・・・もっと屈強で歳もいってる人間を想像してたけど・・・」
「なんのことだ?」
「こんなんで大丈夫かしら・・・」
「おい!」
「でも、私見えてるし・・・」
「だから!なんの話だよ!独り言か!?」
「何のってアンタの話よ」
「ハァ?」
俺の話し?何言ってんだ!?まさか俺をこいつの遊びに付き合わせようってのか!?冗談じゃない!!
「お前の遊びに付き合ってるほど暇ではないんでね!雨が止んだら赤の他人だ!」
さすがの俺も少しはキレる。いきなり目潰しされて、意味不明な話されてそれが俺のことだぁ!?
「誰も遊んでなんかいないわ!真剣よ!」
それを本当に真剣そのものな顔で言う・・・どーかしてるよ、おまえ。それはこっちの台詞だってのに・・・。
「はいはい、悪かったですよ!お宅の趣味を遊びなんて言って。謝ったからな!もう俺に話かけるな!わかったな!」
「だめよ」
ドキッとするような低く響く声をいきなりその子が発した。俺はギョっとなりその子を見た。その目は鋭い光を放つような、決心に満ちたような目だった。そしてどこか儚げな・・・その目で俺にこう言う。
「私が見える・・・それはあなたが選ばれたってことよ。」
「え、選ばれたって何に・・・?」
「いいえ、初めからそういう星のもとに生まれてきた と言ったほうがいいかしら?兎に角あなたは私と関わってしまった。関わりが出来てしまった。もう赤の他人に戻るなんて無理。一度出来た“縁”は私たちの力ではどうにもならない・・・そして因果も」
・・・・さっきから、いや初めからかこいつは何を言っているんだ?まったくわからん。ただなぜか嘘を言っているようには思えない。なぜかはわからないが、この子の言ってることが本当に思えてきてしまう。
そして俺のそんな予感は次の瞬間真実に変わる。
「来て、私と・・・」
そういうとその子は本屋のシャッターの前に立ち、人差し指と中指の二本を立てた手を高く挙げスッとその手を下ろしたかと思うとそこに裂け目が出来ていた!なんというか時空の裂け目というかべきか?兎に角そこにあった“空間”そのものがパックリと口を開けた感じだ。
「な、ななななな!?」
あまりにも現実離れした光景に何を言っていいかわからない。ただただ混乱して状況を把握しようと思えば思うほど頭の中は真っ白になっていく。俺の混乱ぶりを片目にこの子は「あんた、名は?」
などと呑気に質問をしてきた。いっぱいいっぱいだった俺は何も考えず素直に答えてしまった。
「い、厳島隆司」
「そぅ・・・リュージ、あなたに世界を見せてあげる!」
「??せ、世界?なんだそりゃ?その向こうにあるのか?」
「まさか!この先にあるのはほんの一部にすぎないわよ。」
「じゃ、じゃぁソレは?」
「これはあるところに繋がっている “扉”のようなもの・・・森羅万象あらゆる物事を繋げる為の言わば通路・・・。」
こ、これは夢なのか?俺は今何を見ている?現実を見るべき俺がこんな変な夢を見てていいのか!?いいわけがない!!起きろ!目覚めるのだ!俺!
「信じられない?でも目の前にあるモノは確かに存在する、其処に“在るべき姿”として。あとはリュージの認識のみ。まぁいきなり全ては見せないわ。だって私だって見たことないんだもん!」
俺の困惑をよそにこの子はサラッとまた訳の分からない事を言う。俺にはもぅ何がなんだか・・・ただボーッと目の前にあるあまりにも非日常的な光景を眺めるしかなかった。
「さあ、行くわよ!モタモタしない!」
え!?行くって?
「だからぁ~、見せてあげるってば!リュージの知らない世界を!」
俺の頭はこの時すでに思考を止めていた・・・もぅ何も考えられない・・・いや、考えないようにしていた。これは今の俺がいくら考えても理解できることじゃない・・・もぅ流れに身を任すしかない・・・。
というかこの子は何者だ!?そうだ!根本的なことを忘れていた!この不思議ちゃんは一体何者で?なぜこんなことが出来るのだ?
「オイ!お前はなんだ!?名前は?」
「え!?」
「え!?じゃないだろ!人に名乗らせといて、自分は名乗らないつもりか!?」
「あぁ、ゴメン、ゴメン。」
本当に悪いと思っているのか怪しすぎるが・・・。
「私は座敷童。空に光を燈し、人々の全ての幸福と希望を司る者。」
「・・・ざ、座敷童って・・・マジかよ!?」
「馬路?」
こ、こいつ本当に座敷童なのか!?
疑いはあるがこんな超常現象を見せられては信じるしかないが・・・。
「た、確かに座敷童って住みついた家の人間を幸せにさせる妖怪だな・・・。」
「妖怪!?」
「ん?あぁ、確かそういう伝しょ・・・あべしっ!?」
ストレートパンチ一閃!!いい右もってるな・・・俺と一緒に世界を狙わんか?
「私を妖怪の類と一緒にすんじゃないわよ!!」
「だ、だって、そういう言い伝えなんだよ!」
ジンジンと痛む左頬を押さえながら言った。これが精一杯だ・・・。
「それは人間が勝手に作った話でしょうが!私は人間に作られたわけじゃないのよ!」
そう言うと座敷童と名乗る少女の体がフワリと浮いた。
「妖怪なんかよりずっと格上なんだから!」
さっきまでは全てが半信半疑だったが、今は全てが信じられる・・・だって今俺はこいつ、座敷童と同じく体が浮いているのだから・・・。もぅどうにでもしてくれ。おまえが本当に座敷童ならせめて俺を幸せにしてくれよ・・・。
「リュージ、世界はとても大きく感じるかもしれない、でもそれは知ろうとしないから。きっとあなたが考えてるよりももっと身近にあって、きっと受け入れられるはず・・・。これはその第一歩ってとこかな?」
不安だらけだ・・・。
その時既に雨は止んでいて、空は蒼から茜色に変わろうとしていた。沈む夕日の眩し過ぎる光を受けて彼女がまるで光っているようだった・・・。その幻想的な光景を見たらさっきまで不安だらけだった思考が一気に晴れた様だった。本当に彼女、座敷童は光と幸福を司ってるのでは?と思うほどに・・・。
俺の日常はこの時消えた・・・いや、日常という枠を取り払われて俺の世界は大きく広がった・・・。

                    ※

1665年にニュートンは林檎が木から落ちる現象を見て「万有引力の法則」に気づく・・・。だがニュートンさんには悪いがその法則は完璧じゃぁない。何故なら今俺の体は引力を完全に無視して空中に浮いちゃっているのだから・・・・。
信じられるか!?信じられるはずがない。しかし現実に浮いちゃっているのだから。
何か言葉では到底表現できない得体の知れない力が俺の体を押し上げている感じだ。最初体が浮いたことにかなりビビり手足をバタつかせてみたがまったくの無駄骨だった。その時の俺はさぞかし滑稽だったに違いない・・・。
それよりも目の前に起きているこの現象、何もない空間にパックリと開いたソレは妙な光を発し、中は変な幾何学模様で覆い尽くされていた・・・・何が何だかわからない。
まさかこの中に入るんじゃないだろうな・・・?
「そのまさかよ」
と座敷童と名乗る少女は強引に俺の手をひっぱったと思うと次の瞬間にはその空間の割れ目の中に消えていた。俺の手は握られた感覚はそのままある。
まずい!!
と思った時には俺の体も割れ目に吸い込まれていた一瞬目の前が真っ白になった。とてつもなく眩しい光に当てられたような・・・。次の瞬間には俺は街の雑踏の中にボーッと突っ立っていた。いきなり耳に入った街の雑音に思わず耳を塞いでしまったぐらいにいきなりだ。
アレ?
此処は何処だ?見たところ日本のようだ。しかしえらい都会だ・・・。俺のいた七色村とは100%違う。目の前には煉瓦造りの歴史を感じさせる建物が・・・。
ん?もしかしてここは銀座か!?
「そうよ。銀座と呼ばれている場所ね」
気がつくと隣に座敷童がいた。まだ手を握ったままだった。それに気づいて二人とも慌てて手を振り払う・・・・俺ってヤツはこんな不思議体験してるっつぅのに・・・・やはり若さか!?
と一人自己分析すること0.1秒
ってことはなんだ!?別に変てこな世界に連れてこられたわけじゃなく、ただ日本国内を瞬間移動しただけってことか?安心したような、少し残念のような・・・。
「しかし、何で銀座なんだ?ここに何かあんのか?」
「まぁね。ちょっとある人に逢いにね」
ある人、ねぇ・・・こいつが逢うヤツなんかどうせまともなヤツではないだろう・・・。というか俺はまだ少し疑っている。ここが本当に日本の銀座なのか!?そもそも俺のいた世界なのか!?というか、俺は生きているのか・・・!?止めたはずの思考がまたグルグルと回りだす。答えに行き着くはずが無いのに考えてしまう・・・。人間とはそういう生き物なのだ。頭を使えば当然腹も減る、あの雨宿りをしていた時間から今までの経過時間を考えると、ちょうど夕食の時間だ・・・。それも手伝ってか、俺の空腹感はMAXに達しようとしていた。そう、腹が鳴るほどにな・・・。
「リュージ・・・。何お腹なんか鳴らしてるのよ?」
座敷童はそう言うと怪訝そうな顔をこちらに向けた。
「仕方ねーだろっ!腹減ってんだから!それに本当なら今頃夕飯食ってるはずなんだからな!」
そのときフと目にちょっとした喫茶店が入り、その店の前にはメニューを書いた垂れ幕が。喫茶店といっても色々とメニューが豊富そうで今の俺の空腹を満たすには十分そうだった。
「な、なぁ?その逢いにいく人んとこ行く前にちょっと腹ごしらえしてかないか?」
もう既にここが何処であろうと関係なくなっていた・・・。
「無理よ。」
「え?なんで?」
「それはリュージがこの世界の住人じゃないからよ・・・。」
?どーいう意味だ?この時の俺はまだ思考が現実離れしていなかった。
「確かにオレは東京都民じゃない。だけど買い物はできるだろ普通。」
「そーゆーことじゃないの!」
こいつが何を言わんとしているのかまったくわからん。首を傾げている俺に
「あー!もう!実際自分の体で感じなさい!」
といきなり怒鳴るやいなやドンッ!と俺の体を突き飛ばした。
「何しやがん・・・・」
と言いかけて俺は通行人にぶつかりそうになり、それを回避しようとして体を翻したが・・・・ここは大都会そんなことをしても別の通行人に一直線さ。
「うわっ!」
正面衝突だなこりゃ・・・・謝んなきゃって・・・・アレ?確かにぶつかったはずだがなんの感覚もなく、ぶつかったであろう通行人も何もなかったようにスタスタと・・・。
「わかった?」
と言っている座敷童に気付いていないのかサラリーマンが・・・・!
ぶつからないで座敷童の体を通り抜けた。そうかおまえは他の人間には見えないのか。
「リュージも今私と同じ存在なの!」
ってことは今俺の姿もこの人達には見えてないのか!?確かによく考えてみればこんな人込みのど真ん中で突っ立っているのに誰も俺達のこと邪魔だとは思っていないようだ。というか見えてないようだ・・・。
「オ、俺はあのわけのわからん空間に入った時死んじまったのかぁ~!?そして今幽体となって・・・・まさか!?そんな!?」
「落ち着きなさい!リュージは死んでなんかいないわよ!」
「じゃあ、何で俺のことみんな見えてないんだよ!ゲッ!?しかも物に触れることもできねぇ!」
俺は近くの電柱に手を掛けようとしたが手が擦り抜けコケそうになった。
「落ち着きなさい!此処はリュージの世界と似て非なる世界・・・・確かに此処はリュージの世界にある“銀座”という場所と同じ姿形をしているわ。名前も同じ“銀座”だしね・・・・でも違うの」
「で、でもでも銀座なんだろ!?」
「名前なんかじゃモノの本質をとらえられないわ。アレはないと不便だから在るだけ・・・。」
「つーことはなんだ!?此処は俺が住んでるのとは違う世界・・・・つまり異世界!?」
「あら、意外と理解が早いじゃない。そうね、リュージたちの言葉で表現するとしたらね。」
「・・・・マジで!?」
「馬路って何よ?」
「いや、なんでもない・・・・」
どうやらマジらしい・・・・。
しかし異世界っつったらもっとこう俺等の世界からかけ離れている、ぐちゃぐちゃしたのを想像してたけどな・・・・。
「リュージ、この世界にどれだけの“もしも”があると思う?」
「もしも?」
「そ。もしあの時間に合っていれば。もしあの時ちゃんと謝っていたら。もしあの時もっと頑張っていたら・・・・そんな“もしも”という観念の数だけこの世界は存在する。」
「ちょっと待て!そんなんだったらこの世界は・・・・!」
「そう。何百億、とあるわね。いや、もっとね・・・・」
「マジかよ・・・・」
「まじってなんなのよ?」
そんな天文学的な数字の数だけこの世界はあって、俺の生きている世界はその一つにしかすぎないっていうのか!?どーなってんだよ!? 俺の生きている世界は偽物なのか!?
「そんなことはないわ・・・・というか本物か偽物かってきかれれば全ての世界が“嘘”だわ・・・・。
全ては観念なの。この世界もリュージの住む世界も観念から成り立っている。此処に在るという確かな想い・・・・それらが世界を形作って行く。つまり人という観念がこの世界を作りあげているのね。人に認識されて始めて空は空となり、大地は大地となり、太陽は太陽になるのだもの・・・・それを作り上げる過程で本物も偽物もないわ・・・・目の前に在るものは確かに“在る”のだから・・・。」
さっぱりわからん。
「まっ!落ち込むなってことよ!リュージが落ち込んだってどーにもならないんだから!」
と俺の肩をポンッ!と叩く。こいつは俺の体に触れることができるのか・・・。
「確かにそーだな。」
「私達はこの世界に在るべき存在ではないのだからこの世界の人達には見えないし、触ることもできない。」
成る程。しかし折角銀座に来たんでなにか土産買っていきたいという気もある。
どーにかして感知できるようにはならんだろうか?
「力をちょっと使えばできるけど、それはダメ」
「何故?」
「在るべきではないものがその世界に在る・・・。それがどれ程この世界に悪影響を及ぼすか・・・・きっと、とても善くないことが起こる。」
「そ、そうなのか?」
「そ。だからゴメンね。まぁリュージ一人ならあんまり影響も出ないと思うけど・・・・やっぱりよくないの。」
そんな風に言われたらこちらも諦めるしかない。
「じゃ!私に付き合ってね♪」
満身の笑みでそう言う座敷童はやはり可愛い。本当なんで人間じゃないんだか・・・。
ていうかこんな(どう見ても日本の銀座だが)異世界に一人残されちゃたまらん!ということで俺は座敷童に付き合うことにした。
しかしさっきアイツ世界がどうこう言ってるとき妙に寂しげだったな・・・・気のせいか?
等と思っている間に座敷童はどんどん歩を進める。都会慣れしてない俺は追うのが大変だ。いや、別に他の人間には見えてもいないしぶつかってもなんともないのだから気にせずに進めばよいのだが・・・・こちらも慣れていないので結局人を避けるようにして歩く。無論ヤツはそんなこと慣れっこなようなのでズンズン進めるわけだ・・・。
騒がしい大通りを抜け、地元の人間しか知らないようなちょっとした裏路地に出る。古い町並みを残した静かな住宅地。その一角にひっそりと洋風のアンティークショップがあった。座敷童がその店の戸を開けたと同時にカランっと客が来たことを知らせる鐘がなる。俺は座敷童に続いて店に入った・・・・その瞬間だった。
「!?」
何か変な感じがした。まるでこの空間がこの世のものではないような・・・・一瞬だが確かに感じた・・・・。
オレがそんな違和感に捉われていると店の奥から声がした。
「・・・・・・いらっ・・しゃい・・・。」
奥といっても店自体はそんなに広いわけではなく、20歩ぐらいで店を回れてしまう。というかものが溢れかえっていた・・・。そのわりには小綺麗に整えられていてゴシック調のアンティークが独特のよい雰囲気を醸し出している。
「・・・・・お久し・・・ぶり・・ね・・。」
と座敷童に話し掛けていたその少女は薔薇の装飾が余す事無く施された洋風の椅子に座り、服装は・・・・何ていうんだ?今でいうゴスロリってやつか?しかし座敷童の知り合いってことはこいつも只者じゃないな・・・・変な格好も妙に納得いくし・・・。
「・・・よう・・こそ・・・座敷童・・・・待っていたわ・・・。」
その少女はそう言って、静かに笑みを浮かべた。

銀色に輝く美しく真っ直ぐな長い髪。青く大きな二つの瞳。どこまでも透き通る白い肌。そのままならばまるで西洋人形のようなその少女は黒い衣に包まれ静かに座っていた。
「ご機嫌よう。影童。久しぶりね。」
と座敷童はわざとらしく他人行儀に振舞って、彼女の近くに近づいた。俺もそれに続いて店の奥へと入っていく。
「・・・フフッ・・・座敷童・・そんなに・・行儀よくする必要ないわ・・・。」
「それもそうね。」
「約束の物・・・用意して・・あるわ・・・・あっ・・・?」
とそこまで言って影童と呼ばれた少女は俺の存在に気付いた。
「・・・そちらの方は・・・もしかして・・・?」
と大層驚いているようだが、あまり感情が表情に出ない娘のようだ。
「あぁ、うん。そうよ・・・。」
「・・・遂に・・現れたのね・・・・あなたのところにも・・・。」
「えぇ。」
座敷童は目を細め、嬉しさと寂しさを兼ねたような憂いを含む表情で頷いた。その表情は妙に大人びていて、俺は不覚にもその表情にドギマギしてしまうのだが・・・。
ん?こいつらは俺について話しているらしいが、当の俺はまったく何のことかわからない。“現れた”とか言っていたがどちらかというと、俺の前に座敷童が現れた感じなよ~な?それに“もしかして・・・”って、もしかしてなんなんだよ!?俺がなんなんだよ!?
と考え込んでいる俺を見て、影童と呼ばれた少女は
「・・・・・座敷・・童・・・まだ彼に・・・話してないの・・・・?」
「えぇ、何て言うか・・その、なんかうまく切り出せなくて・・・。」
と苦笑いする座敷童に対して影童は恐らく怒ったのだろうが、その感情はまったく顔には出さずに。
「・・・早く・・話さないと・・・だめ・・・・彼も・・・困っている・・・。」
と、少し語尾を強めて言う。まったくもってその通りだと思う。この影童って子は座敷童より物の道理ってやつを心得ているようだ。
「そうだ、お前は自分勝手すぎるぞ!俺がここに連れてこられた理由すら教えてもらえてないんだ!強引に此処に連れてきて一体何かんが・・・」
「わかってるわよ!!ちゃんと後で説明するから!それでいいでしょう!?」
なっ・・・!?こいつ逆ギレかよ・・・。
「影童!」
座敷童は手を広げ影童の前に差し出した。影童は黙ったまま座敷童の手の上に小さな香水瓶のようなものを置いた。小さいながらその瓶は綺麗な装飾に飾られていてとても上品な感じだ。蓑を着込んだ座敷童にはとても不釣合いだ。
「確かに頂いたわ。」
そう言うと座敷童は足早に店から出ようとした。
おいおい、もういいのかよ!?
「もう用件は済んだわ。」
随分と素っ気ないな・・・。

「・・・・座敷・・・童・・・」
「!?」
彼女、影童から声をかけられたことに吃驚したのか座敷童は急に足を止めて振り返った。
これはあくまでも俺の推測だが、恐らく影童は普段自分から話しかけることなどきっとないのだ。
「な、何!?」
「・・・帰り・・・・気を付けて・・・・嫌な・・感じ・・する・・・何か・・・起きる前に・・・彼に・・説明しとか・・ないと・・・大変なこと・・・・になる・・・・かも。」
「わかったわ。」
大変なことってなんだ!?これから何か起こるのかよ?
まぁ既に常識で考えて大変なことになっているのだが・・・。これ以上に大変な事態なんて化け物に襲われるとかか?
「そうかもね。」
と俺の冗談に座敷童は真剣に答えた。って・・・っちょ、冗談だろ!?
しかし今の俺に座敷童の返答に抗議する根拠がない。なんせこんな超常現象に巻き込まれてんだ、化け物がいると言われれば信じてしまう。
「じゃぁ、もう行くわね。これありがとう、影童。」
座敷童は影童から貰った瓶を軽く左右に振った。中の液体が揺らめいて、窓からの光を反射する。
「お、お邪魔しました。」
俺も一応挨拶をする。訳の分からないまま来たにせよ、他人の家に上がったのは確かだからな。その時俺は影童から見られていることに気付いた。な、何か俺に言いたいことでもあるのか?
「・・・・あなた・・・名前・・・・は・・・?」
「へ!?い、厳島隆司。」
ん?こんなやりとりさっきもしたよな?
「・・・・リュージ・・・さん・・・これからあなたは幾度となく辛い場面に遭遇するでしょう。」
ここまで言って影童は、一呼吸置き座敷童のほうを見て
「・・・でも・・・彼女を信じてそして、助けてあげて・・・・世界は決してあなた達の敵ではないわ・・・・あなたが望みさえすれば、いつだって世界はあなたに味方する・・・。」
影童の言った言葉の意味よりも、彼女がスラスラと喋ったことに俺は驚いてしまって、その文意を理解するのに時間がかかってしまった。
「何やってんのよ!?リュージ帰るわよ!」
「お、おぅ。」
最後に影童の言った言葉がどーも気になるが、座敷童に置いていかれたら俺はこの世界から自分の元いた世界に帰る術をなくしてしまう。
なので慌てて座敷童の後を追う。
店から出る間際に俺は一応影童に礼を言った。何を言ったか理解できなかったにしろ、何か俺に忠告してくれたのは確かなようだからな。俺の礼に対し彼女は小さな笑みを浮かべて何か言ったが、座敷童がギャーギャー喚いていてよく聞き取れなかった・・・。

               ※

「さっき何話してたのよ?」
「別に大したことじゃないよ。」
実際話した内容はよく分からなかったし。
「怪しい・・・。」
「何がだよ・・・。」
座敷童が疑いの眼差しで俺を凝視している。
な、何なんだよ?その眼は!?色々と聞きたいことがあるのはこっちだってーのに!それにさっき話した化け物のことアレはマジじゃないよな!?な!?
「・・・ずっと気になっていたんだけど、“まじ”ってなんのことなのよ?」
「話を変えるな。俺は本当かって聞いているんだ。」
「本当よ。」
こいつが「いる」と言っているんだからどうやら化け物はマジでいるようだ・・・。それにさっきの影童の話を足して総合的に考えてみると・・・・。
・・・駄目だ、どう考えても俺がこの後得体の知れない化け物に襲われるという結論に達する・・・。
「まっ“化け物”って表現がリュージには一番分かりやすくていいんだろうね。」
おいおい、そんな場合じゃないだろ!?
といっても特に何が出来るというわけではない。俺にはただ、このまま無事に家に帰れることを願うのみだった。なんか妙に自分が無力に感じた。今日(今もだが)起きたことは現実で、俺の隣にいる座敷童も人間じゃなくて、俺の住んでいる世界は実はたくさんある世界の一つにすぎなくて、それで今いる此処は日本だけど俺のいる日本とは違くて、座敷童の変な力で瞬間移動(?)して、さらにこれから俺は化け物に襲われるらしくて・・・・。
と今まで起きたことを俺なりに順序立てて整理してみると・・・。
有り得ない・・・。どう考えたっておかしいだろ?こんなの!これは異様にリアルな夢に違いない!きっと目が覚めたら自分の部屋だ・・・。こんな訳の分からない夢の中で俺が自分の無力感に悩まされる必要なんてないんだ!化け物も恐らく出てくるのだろう。なんせこれは夢だからな!
・・・ん?だとするとどっからが夢だ?学校に行く途中からか?
「どこから話そうかしら?」
そんな俺の思考を遮って座敷童が口を開いた。
今俺達は影童の店を出て暫く行った所にあった公園のベンチに座ろうとして、ベンチをすり抜けておもいっきり尻餅をついて座敷童に大笑いされたところだ。
仕方ねーだろ!おまえと違ってまだ慣れてないんだから!笑うな!
「っっっ!だってっっこれから真面目な話しようとしてるのにっっっ!ぷっくくっっ!」
こいつは人の不幸を・・・。
しかしこのことは先程までの俺の甘っちょろい考えを吹き飛ばしてくれた・・・。







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