Rozen Maiden Gedachtnis  山燕 作  page 3/3




 第三章  意思 〜Wille〜

薄暗い空間・・・。
地面に這い蹲り、立とうとしても立てない・・・。
何で?何が起こったの?
目の前にいる紅のドレスに身を包むドール・・・。
そのドールは哀れみの眼で私を見ている・・・。

『どうして来てしまったの!?』
え?
『どうしてサラのとこにいてくれなかったの!?』
どういうこと!?
『人形として幸せに生きていけるように、世話をしてあげたのに・・・』
貴女は・・・
『ここに来なければ、サラの人形として幸せに過ごせることが出来たのに!』
私のことを・・・・

・・・・ッ!!
私は勢いよく鞄の蓋を開けた。机に蝋燭一本で勉強していたレンが驚いてこっちを見る。
「はぁ、はぁ、」
「ど、どうしたんだい!?水銀燈!?」
「な、何でもないわぁ・・・ちょっと嫌な夢を見ていただけよ・・・。」
「・・・水銀燈。」
嫌な夢・・・まさかあの時のことを夢に見るなんて・・・。
「あぁ、お茶を淹れてきてやるよ・・・。少し落ち着くだろう。」
「・・・レン。」
「少し待ってろ。」そう言ってレンは部屋から出て行った。

・・・・・・真紅・・・。

貴女は今何処にいるの?
目覚めているの?
それともまだ暗い鞄の中?
貴女に会いたい・・・!
会って・・・・
ズタズタのジャンクにしてあげたい・・・!

レンが戻ってきた。
「ほら、水銀燈。」
「・・・。」
レンが淹れてきてくれたお茶を一口飲む。とても温かく、落ち着く・・・。
「大丈夫かい?」
「・・・えぇ。」
「嫌な夢って、どんな夢だったんだい?」
「・・・別にぃ、あなたには関係ない話よ・・・。」
「あぁ、ゴメン。無理に話さなくともいいよ。」
「・・・。」
「・・・水銀燈?」
「・・・昔の夢よ・・・。」
「昔?」
「そぅ、レンが産まれるずぅっと前の話よ・・・。」
「・・・そうか・・・。」
「・・・ねぇ、レン・・・。」
「何だい?」
「あなたが前話していた人間のしている同族争い“戦争”というものをあなたはどぅ思っているの?」
「それは・・・前にも話しただろ?」
「愚かで、醜い絶対にしてはならない行為?」
「そうだ。」
「・・・でも、もしよ、もしその戦いに勝つことでしか得られないものがあったとしたら、それがどうしても手に入れたいものだとしたら・・・あなたならどうするの?」
「・・・それは絶対に戦いでしか手に入らないものなのか?」
「・・・そうよ。」
「・・・。」
「それを手に入れるため向こうも戦いを仕掛けてくるわ。」
「・・・。」
「あなたならどうするの?」
「・・・私なら・・・私ならもう一つの方法を探すよ。」
「?」
「相手を殺して奪うか、相手に殺されて奪われるか、そのどちらでもない第三の道がきっとあるはずだ。それを探し続ける。」
「・・・そ、そんなものはないわ!」
「そう最初から決め付けてかかってしまったのではそうかもしれない。だが諦めず探し続ければきっと何らかの方法があるはずだ。」
「馬鹿じゃない!?」
「そう他人からは見えるだろうね・・・。だけど自分が良かれと思うこと、自分の信念は貫き通す。例え他人に何と言われようとそれが私の生きた証となる。」
「・・・。」
レンは私の思っているような弱い人間じゃないのかもしれない・・・。そうよね、そうでなければ自ら戦争へ行くなんて言えないわ・・・。しかし戦いに行くのではなく、自分の持つ意志を通しにいくのね・・・。

私は・・・・。

「これを昔は“武士道”って言ったんだ。」
「・・・ブシドウ?」
「水銀燈、そなたの武士道は何ぞや?なんてね。」
「・・・。」
私の・・・私のすべきこと・・・。

アリスになること・・・!

そう、私は誇り高いローゼンメイデン第一ドール!
レンとの日々で失われつつあった真紅への強い憎悪、アリスへの羨望。
あの夢が全て思い出させてくれた。
私はアリスになる!

「メイメイ!」
鞄の中から人工精霊を呼び出す。
「うわぁ!何だいこれは?」
「あらぁ、見せるのは初めてだったかしら?私の人工精霊よぉ。」
「人工・・・これも“お父様”が造ったものなのか・・・。」
驚くレンを尻目に私はメイメイに指示を出す。指示といっても口にはしなくとも伝わるのでレンには聞こえない。指示を受けたメイメイはレンの部屋にある小さな丸い鏡からnのフィールドへと行く。
「か、鏡の中に入った!?」
レンは不思議そうに鏡を叩いている。

・・・・あんなものを見たのだもの真紅が今の時代に目覚めている可能性は高いわ。あの夢には何か人為的なものを感じるけど・・・。
脳裏に浮かぶタキシード姿の兎・・・。
・・・それに乗ってやることにしましょう。

今日からレンはいつもと違う学校へと行くことになった。“戦争”へ行くための準備をする為の学校らしい・・・。
「・・・あなた本当に行く気なの?」
「え?」
「・・・戦争よ・・・。」
「あぁ、そのつもりがなければあんな場所には通わないさ・・・。」
「・・・。」
「おいおい、君まで母さんのようなことを言い出さないでくれよ。これは私自身で決めたことなのだから・・・。」
「・・・私は何も言うつもりはないわぁ・・・。」
「そっか・・・。じゃぁ行ってくる。」
私はこの先のことがどうなるなんて何も考えてはいなかった。しかし、レンとのこの日々に終わりが近付いてきている事だけは感じ取れていた・・・。
私は薔薇乙女としてやるべきことを・・・。
レンはこの時代に生きる人間としてやるべきことを・・・。
互いに見つけてしまったのだから。
もう今までのようにはいられない・・・。

メイメイから連絡があった。
確かにこの時代に他のドールは目覚めているらしい。気配は感じ取れるが、nのフィールドを使おうにも第何ドールだかはわからない為それも難しい。物理的な距離でかなり遠くにいるらしくここから直接会う為には大掛かりな移動が必要となった・・・。

私も決めなくてはいけない・・・・。
ここを出る。アリスゲームをする為に。
レンが帰ってきたら全てを話すわ・・・。そしてレンともそれで・・・。

しかし私がそうしなくとも運命は既に回り始めていた・・・。

「・・・ただいま。」
「・・・レン、今日は少し遅かったのねぇ?」
「えっ?あぁ、まぁね・・・。」
「・・・どうしたの?」
「・・・水銀燈・・。」
「なによ?改まって・・。」
「・・君に話さなきゃならないことがあるんだ・・・。」
「あら?奇遇ね・・・。私もあなたに話したいことがあるのよ・・・。」
「・・・私からでいいかな?」
レンのことだから、どうしょうもないことなんでしょうねぇ・・・。
でも、こんなやり取りをするのも今日で最後・・・。
「・・・いいわ。」
「・・・ありがとう。・・・・今、この国は戦争をしているっていうのは前に話したとおりだ・・・。」
「・・・。」
「表では我が軍優勢、神風が吹いたなんて言っているけど実状はそんないいものではないらしい・・・。特に軍医不足がかなり深刻化されている・・・。」
「・・・“グンイ”ってあなたがなろうとしている、戦いで壊れた人間を直す・・・。」
「そう、本来ならば軍医予備員に志願した私は歩兵連隊で一ヶ月の教育、その後三ヶ月間陸軍病院でさらに教育を受けなければならないんだ。」
「・・・よくわからないわぁ・・。」
「まぁ簡単に言うと、軍医として戦場に行くには最短でもそれなりに時間がかかるということさ。」
「・・・それで?まさかこのことだけじゃないんでしょう?」
「・・・あぁ、私は出来るだけ早く戦場に行き多くの命を救いたい・・・。」
「・・・でも時間がかかるんでしょう?」
「さっきも話したけど、今はかなり軍医が不足している・・・だから歩兵連隊での教育を飛ばし、いきなり陸軍病院で実戦に対応できる教育を受けることになった・・・。しかも・・・。」
「・・・しかも?」
「三ヶ月と待たず、直ぐに招集命令が出るだろうから覚悟をしとくように・・・って言われたよ。私の考えが正しければ教育なんて一切されず直ぐに戦場行きだろう・・・。それ程今の日本軍は追い込まれている・・・。」
「・・・よかったじゃない。直ぐに行きたかったんでしょう?」
「・・・まぁな。でもいざ出兵となると・・・。私にも恐怖というものは人並みにある・・・。」
「・・・レン・・。」
「そしてもう一つ・・・。」
「?」
「君とお別れってことだ・・・。」
「!?」
「君を連れて行くわけにはいかないからな・・・。」
「・・・。」
「・・・本当今までこんな狭い部屋に閉じ込めていてすまなかった・・・。」
「・・・私は別に閉じ込められていたとは思ってないわ・・・。」
「え?」
「こんなところ出て行こうと思えばいつでも出れたわよ・・・。私は、私の意志でここにいたのだから・・・。あなたが負い目に感じることはないわ・・・。」
「・・・水銀燈・・。」
・・・そういうこと・・・。
別に私がレンから離れなくとも、もうレンは決めてしまっていたのね・・・。
嫌な感じ・・・。レンが私に泣き付いてくるのではないかなんて考えていた自分が急に馬鹿馬鹿しくなった・・・。
「といっても陸軍病院に行くまでにはまだ少し猶予がある・・・。私はその残された時間を君と一緒に過ごしたいんだ・・・。」
「・・・本当、勝手な人間・・・。」
「え?」
「勝手に螺子巻いて、勝手に起こして、そして私を置いて何処かへ行こうって言うの?」
「・・・すまない・・。」
「そんな勝手、この水銀燈が許すとでも思っているのかしらぁ?」
「・・・。」
「行くわ。」
「え?」
「私も行くと言っているのよ。それに“戦争に行く”ってここじゃないどこか遠くへ行くんでしょう?この国の外とか?」
「あ、あぁおそらくは国外になる・・・。」
「なら好都合だわぁ。」
「・・・って水銀燈!そんなことできる訳ないだろう!」
「何でぇ?人形の一体ぐらい持って行けるでしょう?」
「それだって難しいよ・・・。それに私が言いたいのはそんなことではない、危険すぎるということだ!」
「そうねぇ・・・。大分危ない場所みたいねぇ・・・。」
「無理だ。君が危険すぎる・・・。」
「心配なんて必要ないわ。」
「無理だ!」
「・・・どうしても?」
「どうしても!」
「・・・なら、仕方ないわ・・。」
「水銀燈・・・うっ!?」
「フフ、どうかしたのぉ?」
「か、体が・・・動かない!?」
「意外と脆いのねぇ・・・。」
「・・・す、水銀燈!?君が・・・っ!」
「私がその気になればあなたをジャンクにすることなんて簡単なのよぉ?」
「・・・くっ。」
「フフ、無駄よぉ。もう一度言うわ、私を一緒に連れて行きなさい。」
「・・・君はっ・・そんなに私と一緒にいたいのかい?」
「なっ!?」
「・・・違うのかい?こんなことしてまで連れて行けなんて・・・?」
「ち、違うわよ!!」
「・・・おっと、体が自由になったぞ?」
「・・・。」
「・・・わかったよ。」
「え?」
「連れて行くよ。君も。」
「・・・本当?」
「嘘は言わないさ。」
「・・・いきなりどうしたの?まさか本当に私に殺されると・・・」
「まさか・・。」
「じゃあどうして・・・?」
「最初に君に会ったとき、私は君に脅しまがいなことをしたからね。それのお詫びさ。」
「・・・そんなこともあったわねぇ・・。」
「それに実を言うと私も君とまだ一緒にいたいんだ・・・。」
「・・・‘も’って何よ?私は・・・」
「ただし、これから戦争に行くまで、行った後も私の言うことをきいてもらう。そうしなければ命の保障はできない。私に従ってくれている限りは君のことを全力で守るよ。」
「・・・フン、私はあなたなんかに守られなくても平気よぉ。」
「約束してくれなければ連れて行かないよ?」
「・・・。」
「本当に。」
「・・・わかったわ。」
「・・・必ずだぞ?」
「わかったわよ。」
「・・・そっか、じゃぁ今度は水銀燈の話ってなんだい?」
「もぅ話す必要はないわ・・。」
「そうなのかい?」
「そうよ・・。」
・・・レン・・・。
私は貴方という人間に惹かれているのかもしれない・・・。
貴方は私に無い何かを持っている・・・。
それは私一人ではどうしようもないもの・・・。
私はこの意志を持ってから一度たりともそれを手にしたことがないのかもしれない・・・。

お父様が私を置いて目の前からいなくなってしまった・・・。
絶望
哀願
嫉妬

真紅に与えられた形だけの意味のない優しさ・・・。
怒り
憎悪
闘争心


そして

アリスになるための飽くなき欲望

鞄の中で眠っている間、私を取り巻いていたこれが全て・・・。

しかし今私の目の前にいる人間はこれら以外の何かを私に与えてくれているような気がする・・・。
私はそれに縋っているだけなの?
それともそれは私にとって必要不可欠なものなの?
わからない・・・。

唯一つわかること

それを手放したくない

それを手放すことに恐怖している私がいる・・・。

レン・・・貴方はどうなの?
貴方は私と共にいたいと言った・・・。
それは私と同じ・・・何か自分に足りないものを相手に求めているからなの?






「何を書いているのぉ?そんな真剣な顔しちゃって・・・」
「・・・遺書さ。」
「“イショ”?」
「・・・遺書って言うものはだな、自分が死んだ後自分の死体や生前持っていた物をどうこうして欲しいって感じで生きている人間に最後のお願いと別れを告げるための手紙さ。」
「・・・そんなもの一体誰に?」
「母上に・・・母上には迷惑を掛けっぱなしだったし、私を戦地に送らせまいと色々してくださった。それは私の意志に反する行為だったが、全ては私への愛でやったこと。それは十分に理解しているつもりだ・・・。感謝もしている。今まで育ててきてくれたご恩。全ての恩を返そうとしても一生かかってもかえせそうに無い・・・。だがせめて、感謝の気持ちを、その思いのたけを綴っているんだ。」
「・・・。」
「おいおい、そんな顔しないでくれよ。これは一応仕来り的なものだし、命令だから仕方なく書いているんだぞ?私は死ぬ気などまったくない。」
「・・・そぅ。」
「そうさ、だから大丈夫さ・・・大丈夫・・・だい・・・。」
「・・・レン。」
「あはっ、おかしいな?何故だ?何故こんなものが・・・。」
レンの両方の瞳から雫が垂れる。
「わ、私は・・・口では大層なことを言って見せるが・・・所詮この程度の男だ・・・怖い・・・戦争に行くのが怖くて怖くてたまらない・・・!なんて意気地の無い男だ!しかし私はこのままここで燻っていることも出来ない!どうしようも無く中途半端だ!今も己の涙を止めることすら出来ない・・・!」
「・・・。」
「・・・ハハッ、ごめん取り乱して・・・。」
「・・・。」
「・・・本音が露見してしまった・・・軽蔑したかい?」
「・・・レン。」
「・・・。」
「私は知っているわ・・・貴方が本当はとても強い人間だということ、そしてとても純粋だということ・・・。」
「水銀燈・・・。」
「それぐらい臆病で無ければ、可愛げがないわぁ・・・。」
「・・・。」
「貴方に足りないものは私が・・・この水銀燈が満たしてあげるわ・・・。」
レンの両腕が私の背中に回る・・・。
私の肩に温かい雫が落ちる・・・。
「・・・ごめん、水銀燈・・・暫くこのままでもいいかな?」
「・・・。」
私は何も言わなかった。
そして何もしなかった・・・。

ただ黙ってレンから伝わる鼓動を受け止めるだけだった・・・。







その数日後
レンに召集命令が下り、私たちはこの“日本”という国を後にした・・・。


つづく










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